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ボリス・チャイコフスキーの生涯

1 作曲家への道

ボリス・チャイコフスキーは,1925年9月10日,モスクワ生まれ。父親は統計学と経済地理学の専門家で,アマチュアのヴァイオリン弾き。母親は医者で,母親が強く音楽家への道を勧めたらしい。芸術好きで学者肌の両親。幼少時は、しっかりした家庭の中で、恵まれて育ったのだろうか。ただ、父親を15歳の時に亡くしているから、それからは苦労もあったかも。

9歳の時にグネーシン音楽学校に入り,アレクサンドラ・ゴロヴィナ,エレナ・F・グネーシナ(音楽院の創設者一族ですね)らにピアノや作曲を学び、さらにグネーシン音楽学校の特別過程にすすんでシェバリーンらに作曲を学ぶ。1943年,18歳のときに、モスクワ音楽院に進み,そこでオボーリンにピアノ、シェバリーン,ショスタコーヴィチ,ミャスコフスキーといった錚々たるメンバーに作曲を学ぶ。当時のソ連音楽界のエリート街道をひた走っている感じ。

転機が訪れるのは、1948年のジダーノフ批判。師ショスタコーヴィチは教職から追放され、そこで学んでいた生徒達も「汚染された」との烙印を押されてしまう。ショスタコーヴィチの後押しで予定されていたムラヴィンスキー指揮による交響曲第1番(1947)の初演の予定もボツ。その後、ミャスコフスキーのクラスに移り、1949年に一応卒業するものの音楽エリートの道は閉ざされてしまう。

2 第1期 ~ 伝統的スタイルの時代

とは言え食べていかなければならないので、就職したのはラジオ局。どんな部署で仕事をしていたのかよく分からないが、片手間に作曲の仕事もはじめる。スラヴの主題による幻想曲(1950)やスラヴ狂詩曲(1951)といった一般受けするオーケストラ作品はこの時期のもの。併せてラジオドラマのための音楽もいくつか書き始めている。こうした作品の評判がなかなか良かったのだろう、ボリス・チャイコフスキーは1952年にラジオ局を辞め、作曲家として一本立ちする。

この後も、生計のため、ラジオやテレビ,映画のための音楽を量産していくが、その傍らで室内楽を中心に、純クラシックの作品も書き始める。ピアノ三重奏曲(1953),弦楽のためのシンフォニエッタ(1953),チェロ・ソナタ(1957),など、ロシア伝統の抒情性を大切にした気品のある素敵な作品が次々と生み出されていく。チェロ・ソナタはロストロポーヴィチによって初演されるなど、有力な演奏家ともつながりを持つようになり,人気若手作曲家として評価が確立していく。

3 第2期 ~ 前衛の時代

作風をガラッと変えるのが,ピアノ五重奏曲(1962)から。それまでの伝統的で分かりやすい作風から,前衛的で抽象的な作風に突然変わる。この変化は,当時のソ連音楽界の縛りが緩んできたからだろう。ショスタコーヴィチが十二音技法に接近した時期とも重なり,シチェドリンやシュニトケ,ティシチェンコといったボリス・チャイコフスキーよりも一回り下の世代が斬新な作品を発表してきた時期でもある。ボリス・チャイコフスキーもそうした環境の下,ようやくやりたいことができる,といった感じで,チェロ協奏曲(1964),室内交響曲(1967),ヴァイオリン協奏曲(1969)など,独自の音楽を繰り広げる。中でも交響曲第2番(1967)は,ソ連国家賞(少し前のスターリン賞だ)を獲得し,ソ連作曲界でも盤石の評価を得ることとなる。

4 第3期 ~ ロマンとの両立

1970年代に入ると,それまでの前衛的な作風とロマン派的な抒情性とを並立,融合させ,また独自の音楽を生み出していく。例えば,ピアノ協奏曲(1971),弦楽四重奏曲第5番(1974),第6番(1976)といった作品では,短い動機を無限に変容させるボリス・チャイコフスキー独特の技法と,民族的で抒情的なメロディが絶妙に併存し,新たな表現を獲得している。なお,ドレスデンの国立歌劇場からの委嘱作,主題と8つの変奏(1973)が作曲されたのもこの時期で,国際的な名声も高まっていく。

5 第4期 ~ 晩年,単純化の時代

弦楽四重奏曲第6番を書いたあと,4年間の沈黙の時期を経て,1980年,セバストポリ交響曲を発表する。この作品を転機として,1980年以降の作品は,より単純性,透明性が高まり,無駄をそぎ落とした響きを指向するようになる。管弦楽のための音楽(1987),ハープを伴った交響曲(1993)といった作品がこの時期のもの。ただ,最晩年には,作曲の意欲が落ちたらしく,作品数も少なくなる。公的には1985年に人民芸術家に選ばれ,1989年からは,古巣のグネーシン音楽学校で教職の仕事に力を入れるようになる。

1996年2月7日にモスクワで死去。

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